仕事は自ら創るべきで
与えられるべきでない
東大卒にして、当時ではめずらしい学生の身で妻子持ちで電通に入社した吉田は、非近代的と言われた広告業界に新風を起こし大きく変える働き方をする。業界の様々な確信を手がかりに、その切積がみとめられて四十二歳の若さで四代目社長となる。この間の勇猛精進ぶり、鬼社長ぶりは数々の伝説がある。
以下に紹介するのは有名な吉田の鬼十則である。
一、仕事は自ら「創る」べきで、与えられるべきでない。
二、仕事とは先手先手と「働きかけ」て行くことで、受け身でやるものではない。
三、「大きな仕事」と取り組め。小さな仕事は己を小さくする。
四、「難しい仕事」を狙え。そして之を成し遂げる所に進歩がある。
五、取り組んだら「放すな」。殺されても放すな。目的完遂までは。
六、周囲を「引き摺り廻せ」。引き摺るのと引き摺られるのとでは永い間に天地のひらきが出来る。
七、「計画」を持て。長期の計画を持っていれば忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
八、「自信」を持て。自信がないから君の仕事には迫力も粘りも、そして厚味すらがない。
九、頭は常に「全回転」。八方に気を配って一分の隙もあってはならぬ。サービスとはそのようなものだ。
十、「摩擦を怖れるな」。摩擦は進歩の母、積極の肥料だ。でないと君は卑屈未練になる。
余談であるが筆者は三十歳の頃、吉田のご子息吉田宏社長の会社(帝人ボルボ)でコンサルタントをしていたことがある。吉田社長は帝人グループのエリートでまさに鬼のお父様の教育がいきとどいた優れ者社長であった。若かりし頃吉田宏社長の影響を受けた筆者は、今でも鬼十則の孫弟子だと思っている。
【プロフィール】
吉田 秀雄(よしだ・ひでお)1903年生まれ。
非近代的と言われた広告業界に新風を起こし、若くして四代目社長となり電通の基盤を作った中興の祖。「電通鬼十則」は各企業に応用され、日本の高度成長をリードする言葉となった。