人はたんに金銭のためにのみ働かず
すべからく天のために働くべし


片倉は語る。「人間は何でも食うことに心労せぬように為しおけば、事業波瀾のごときはたいていなんとか漕ぎ抜け得られるものなり」
 また、「善を積んで進んでゆけば、牛の歩みのように遅くても、のちに必ず目的地に到着するものである」とも伝えていた。
〝製糸王〟といわれた彼は、片倉家の家憲を次のとおり定めている。

①神仏を崇敬し、祖先を尊重するの念を失ふべからざる事
②忠孝の道を忘れるべからざる事
③勤倹を旨とし、奢侈の風に化せざる事
④家庭は質素に、事業は進取的足るべき事
⑤事業は国家的観念を本位とし、公益と一致せしむる事
⑥天職を全うし、自然に来るべき報酬を享くる事
⑦常に摂生を怠るべからざる事
⑧己に薄うして、人に厚うする事
⑨常に人の下風に立つ事
⑩雇人を優遇し、一家族を似て視る事

この家憲は、兼太郎が一生涯を通じて実践し成果をおさめたものである。さすが製糸王と語られた男の作った家訓であり感動する内容ばかりである。


【プロフィール】
片倉 兼太郎(かたくら・けんたろう)1849年生まれ。
長野県諏訪岡谷に製糸工場を作り製糸王と言われた。利益を社会に還元することと考えて、無料で入浴できる「千人風呂」や「映画館」などを作り地域社会に貢献した。