これからの農業は
生産ばかりじゃいかん
経営や販売の面も兼ね備えた
新農業経営方式でいくべきだ
「この真っ赤に熟れたトマトが食卓に供せられたら、どんなに食事が楽しく、おいしいかしれない。きっと欧米人のように日本人も喜んで食べるときがやってくるはずだ。」
蟹江はトマトの無限の可能性を確信しトマト栽培を始めたのである。当時トマトに日本人はなじみがなく、食べる人は口に入れた瞬間いやな顔つきをする者が多かった。
「これではいかん。生のトマトがだめなら加工して食卓にのぼらせてみよう」
蟹江は、まずトマトの栽培の仕方を教えてもらい、農林省の技師からも聞き出した。必要だと思ったら、その道の権威者に積極的にアタックしたのである。
そして、とうとう自分の手で育てたトマトを加工して、“トマトソース”や“ケチャップ”を開発して世に送り出した。
今でこそ叫ばれているアグリビジネスのスタートである。あの時代の農業をただ生産だけでなく加工から販売面をも取り入れた、農業経営方式を導入・推進したのには驚く。
蟹江は酪農家を一軒一軒、訪ね回ってトマトの試作を依頼した。「とれたものはすべて買い取ります。もし失敗したら補償もしましょう」と言うので、酪農家はみな納得し協力した。蟹江の志に向かって歩む熱心さに感心してしまったというわけである。
【プロフィール】
蟹江 一太郎(かにえ・いちたろう)1875年生まれ。
愛知県知多半島の一隅で日本で初めて真っ赤なトマト栽培に生命を燃やし、のちに〝トマト王〟と称されたカゴメの創業者。