人のため必要な品物をなるべく
安く提供すれば人々の必要をみたし、また自分の生活も成り立つ


あの岩波書店が創業時は古本屋だったというのには驚きだ。
 岩波が開いた古本屋には、「正札販売厳行仕候」「正札高価なれば御注意被下度候」という二つの札を掲げた。つまり、古本の正札販売である。客が「高すぎる」と値切るものなら、「正札どおり一銭もお引きできません」、それでも文句を言う客には、「おたくさまにはお売りできませんからほかの店でどうぞお求めください」と突っぱねた。
 この商法が意外と客の信用を集め、古本の希少価値を高めた。
 岩波は古本屋開店の一年後には出版事業も手掛けた。高校時代のメンバーが、編集あるいは執筆陣に加わるなど、支援してくれた。岩波の誠実な人柄の賜物だろう。
 岩波がヒットさせたのは文庫本である。老若男女を問わず、待ち時間や電車の中で簡便に手にすることのできる小冊は、瞬く間に日本中に普及していった。
 古本屋からスタートして今日を築いた背後にあった岩波の語録を載せておく。

人のため必要な品物をなるべく廉価に提供すれば人々の必要を充たし、また自分の生活も成り立つ、とすれば商売必ずしも卑賤ならず、官吏や教員と異なって自由独立の境地も得られ、また人の子を賊う惧れもないから心安らかにおられる。


【プロフィール】
岩波 茂雄(いわなみ・しげお)1881年生まれ。
神田高等女学校の教壇を降りて神田神保町交差点の近くに、古本屋を開いた。この古本屋が実質的な岩波書店の創業となった。