まずすべてを否定しろ、疑ってみろ、世間でまかり通っている慣習とか常識とかには、ずいぶん不合理なものが多い


 当時のガードマン会社なるものは生まれたばかりで、世間での慣習や常識とは違っていた。前例のないところからビジネス化していくわけだから大変だった。それにガードマンの管理は得意先の諸状況や業種など、それぞれの要望点が異なるので、なかなか難しい。飯田はそれを難なく解決した。様々な資料のデータを参考にしながら、科学的な方法でガードマンの行動管理のあり方やシステムなどをマニュアル化した。飯田はいつも常識の裏を考えることでこの会社を成功に導いた。
  『常識を疑って考える』、ということはやさしいようでも難しい。社会から「〝非常識〟な会社だ!」と言われてはいけないからだ。常識を疑って、その常識を超えたところで新しい局面をつくる、〝超常識〟という言葉を飯田は言っている。
 
 飯田は「新しく事業するときは、損失の計算だけすればよい」と言う。新事業が損失にどれだけ耐えられるかという計算が成り立てば、あとは安全と考えたわけである。ベンチャー企業が「これをしたらいくら儲かりそうだ」と利益計算だけを頭に入れて、突っ走り倒産してしまうケースもしばしば見うける。
 飯田が語る。「まずすべて否定しろ、疑ってみろ」というのは、「世の中は儲けばかりではなく、損することだって多いのだ」、ということにも結び付いてくる


【プロフィール】
飯田 亮(いいだ・まこと)1933年生まれ。
二十九歳の時、日本警備保障を設立した。酒問屋の五男坊で湘南高校で石原慎太郎と同級生であり、若い時の面構えは石原裕次郎ばりであったようだ。