一業に専念するには忍耐がいる
一つの道に専念すると
意外に新しい展望が開ける


 昭和のある時代、女性の近くに常にあり、リズミカルな音を出して七色の布を縫い上げた安井のミシン。瞳を輝かせ洋裁の技を自慢する〝良妻賢母〟の女性をリードした安井はこう語る。
 「事業でいうならば見込み違いは起きやすいし、情勢の急変もある。もろもろの障害にぶち当たって考え込む。〝隣のムギめし〟という言葉があるが、そんなときは人のやっていることがよく見えて、つい移り気を起こす。
ところがやってみると、他人の道にはそれなりに難しさがあり、また目標を変えることになりかねない」
 「一つの事に成功した時にも同じようなことがいえる。一つ成功すると何をやってもうまくゆくように思って手を広げる。
最近の倒産劇には、手を広げすぎてトガメを受けた例が多いようだが〝一人一業〟とは、こんな結果になることを戒めた言葉である。
もっとも一業に専念するには忍耐がいる。器用な人には苦痛がともなうことだろうが、一つの道に専念すると、意外に新しい展望が開けるものだ」
 安井は常に女性に寄り添い、ミシンという一芸を磨きあげたスター社長である。


【プロフィール】
安井 正義(やすい・まさよし)1904年生まれ。
本格的な家庭用ミシン(HA型)の国産化を成功させた先駆者。以来、半世紀余にわたって、安井のブラザーミシンは日本だけでなく世界のミシンの歴史をつくりあげてきた。